弥生時代後期から越後では石器がほとんど確認できなくなる。これは農具や工具の多くが石器から鉄器へ変化した結果と考えられる。このころは、越後、佐渡はもちろん、日本国内でも鉄の生産はほとんどおこなわれていない。朝鮮半島から鉄素材を輸入し、畿内などの西日本で加工されたものが、越後へもたらされたものであろう。弥生時代から古墳時代の物資流通は、今日の我々の予想を超えて、広域で活発であり、国際的な分業を前提として、日々の生活が成り立っていたのである。高地性集落の動静などが、北陸地方などの西方の諸地域と連動している状況は、このような流通体系を前提とすれば理解しやすい。古墳時代前期の遺跡からは鉄製の斧、刀子、ノミなどが棺の中で収められた状態で出土している。このことは、鉄器の普及を裏付けるとともに、これらの鉄製の農工具が多くの場合、古墳に埋葬される有力者に独占されていたことを示唆する。