当時の住居の形態には、竪穴住居と掘立柱建物がある。竪穴住居は地面を掘り窪め、床をつくり、屋根をかけたもので、床は土間となる。掘立柱建物は、地面に穴を掘り、そこえ直接柱を立てるもので、床は土間のものと、板張りのものがあったと考えられている。竪穴住居と掘立柱建物という形態の差は、そこに住む人の階級や身分と関係する場合もあるが、湿気の多い低地では地面を掘りくぼめる竪穴住居は居住性に問題があり、生活する場所によって移住の構造が異なっていた可能性もある。また保温性に優れた竪穴住居は冬でも暖かく、風通しの良い掘立柱建物は夏涼しいことから、季節による住み分けがあったと考えられる。このころの竪穴住居には対角線上に4本の柱を立て、上屋を支える構造のものが多くみられる。建物の中央には囲炉裏があり、煮炊きや暖房明かり取りなどに使われていた。竪穴住居には4から5人が住んでいたと思われる。