武器出土

弥生時代後期になると石器の出土が少なくなる。六地山遺跡では50点以上の石ぞくと石錘6点、環状石斧1点、八幡山遺跡では、大規模な遺跡にもかかわらず石ぞく48点、磨製石斧1点、小形の偏平片刃石斧1点などしかない。裏山遺跡は100点の砥石がある。石器はほとんどないらしい。六地山遺跡、八幡山遺跡と裏山遺跡の差は鉄器化にいたる地域差、六地山遺跡と八幡山遺跡の石器数の違いは時期差と考えられる。武器そのものの出土は多くないが、武器は再利用されることが普通だったとすると、後期には一部の鉄ぞくを除き、武器が普及していたと考えるべきであろう。高地性集落の分布をみると、越後平野の東山丘陵と平野を挟んで向かい合う角田、弥彦山麓から島崎川流域、そして頸城平野に集中している。多くは交通ルート上にあり、八幡山遺跡、ひだ遺跡群のように要所には拠点となる高地性集落が造られている。

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